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……というわけで、エイプリルフール企画でした。
お付き合い頂きありがとうございます。
なお、使用した名前は全て仮名です。
モデルになった小説は魚住くんシリーズでした。
本物の父は未だに見て見ぬふりでございます。

ちなみに。
リビングに放置されたボーイズラブ小説をぱらぱらやるところまではリアルです。
その後の展開が「変なモンおいとくなっ!!」「またおまえか!」となるわけです。



 俺は罠に嵌められてしまったのか?
 浩一は自問した。リビングにぽんと置かれた1冊の文庫本。触りの良い革の文庫カバーが掛けられており、お暇なら……と控え目に主張していたその本に、なぜか手を伸ばしてしまったのだ。犬の散歩にも行ったし、妻は買い物に出ていてしばらく帰ってこない。娘は二人とも勤めに出ており、長男はクラブで帰りが遅くなるらしい。
 ろくなテレビ番組もないとなれば、暇つぶしになりそうなものに目がいくのは自然なことだった。この本は、どうせどちらかの娘が置き忘れているものに決まっている。やけに楽しそうに読んで、既読だったのであろう妻と語り合っていたが――当たり前だが浩一は読んでいなかったので会話に混ざらず、テレビを見ていた。
 そんなに面白いのか。
 手にとって、ぱらりとページを繰ってみる。
 好奇心は猫を殺す。あまりに有名なその格言を囁いてくれる天使は、あっさり浩一を見放したらしい。制止の声はなく、時間だけはたっぷりある昼下がり。
 いつしか浩一は、その文庫本の世界にどっぷりはまりこんでいた。ページをめくる手が止まらない。いや、めくっている自覚すら途中からなかった。これほど真剣に活字の本を読んだのはいつだったか。数年前の、門田泰明の文庫本以来だろうか。
 ずいぶん文章のタッチは違うが、抵抗なく頭に内容が流れてくるところは同じだと思った。時々、イラストが入るのは最近の流行りなのだろうか。
「……さん。お父さん」
 耳慣れた声に呼ばれ、はっとして顔を上げた。買い物袋を下げた妻が目の前に立っている。
「あ、ああ、帰ったのか」
「ええさっき。チャイムを鳴らしたのに気付かなかった?」
「悪いな。ちょっとこれを読んでいて」
「……あら……これを?」
 妻の目線が本に向けられ、なぜか妙な間が空いた。
「読んだの?」
「まだ途中だが。最近の小説も悪くないな」
「そ、う? ああ、そうそう! ビールを2ケースも買ってしまったの。車に積みっぱなしだから運んでくれると嬉しいんだけど」
「お、そうか。よし、それは俺が運ぼう」
 浩一は半分ほどまで読み進んだ本に栞を挟み、力仕事に勤しむべく立ち上がった。
 段ボールごと納屋に運び込み、半ダースを冷蔵庫に放り込んでしまうと、夕食に呼ばれるまで浩一の仕事はない。珍しく、浩一はテレビもつけずに読書の続きに戻っていった。



 その日の夕食には、娘が残業もなく帰宅し、珍しく家族全員が揃っていた。最近では揃って食事を摂ることもまれになっていたので、賑やかな食卓が余計に楽しく思えた。
「おう、隆俊。クラブはどうだ? レギュラーになれそうか」
「んー、微妙……先輩がいるからなー。監督が年功序列をとったら無理っぽい」
「なにそれ、じゃああんた、実力ならレギュラーになれるっての?」
「すごい自信ねー。過信じゃないと良いけど」
「ふたりとも、そんなこと言わないの。それより、仕事はどうなの?」
「まぁ、ぼちぼちかなー」
「締め日前だからわりと忙しいよ」
「給料分は、しっかり働かんとな」
「まぁねー」
「ところで」
 他愛もない雑談の途中、何気なく浩一はきりだした。
「リビングに本置き忘れてたのは誰だ?」
「あ、それ私」
 下の娘が軽く手を上げた。
「おまえか。暇だったから、ちょっと借りたぞ」
「え。」
 上の娘の箸が止まった。嫌いなものでも摘んでしまったのだろうか。
「なかなか面白いな。続きはあるのか?」
「ええと、お父さん……? もう全部読んじゃった?」
「いや、まだ三分の二程度だが」
 下の娘はなぜか言い淀み、上の娘は棒でも飲み込んだような顔になって硬直している。
「じゃあさ、全部読み終わって、まだ続きが読みたかったら姉さんに借りたらいいよ。それ、姉さんのだし」
「ちょ、ちょっと!」
「何かまずいのか?」
「い、いや、まずくはないけど、でもっ」
 傍目にも焦った様子で、上の娘は下の娘に目配せをした。そのままアイコンタクトで無言のやりとりをしているのが分かるのは、やはり親だからだろう。
「どうした?」
 頃合いを見計らって訊いてやると、爽やかな笑顔を貼り付けた娘は二人揃って、
「読み終わったら言って」
 と言った。

 娘の動揺の理由が分かったのは、食後に残っていた数十ページを読了してからだった。何とその本は、ゲイ小説だったのだ。最後の方には少し淫猥な用語が並んでおり、オブラートに包んではあったが性描写があった。恐らく娘たちはそれを恥じていたのだろう。可愛いことだ。
 上の娘がリビングにきたので続きを借りようと思い、浩一は読み終わった本を差し出した。
「面白かったぞ。恥ずかしがることはない。良い小説じゃないか」
「……」
「どうした?」
「父さん、男同士でも、その、オーケイなの?」
「実際に俺がどうこうする訳じゃない。小説の話じゃないか」
「だって前、ヘンタイだとか何とか、言ってたじゃん」
「それはおまえ、あんな絵の表紙のエロ本の話だろう」
「じゃあ、これだったら良いんだ」
「面白かったぞ」
「で、でもねぇ、お父さん。同じジャンルなんだ、それも……」
「なに?」
「トシに前、読んだら勘当だ、って言ってたのと同じ会社の同じレーベルから出てる本だよ。作者は違うけど同じボーイズラブ……」
 冗談ではなく、頭が真っ白になった。以前あった、あーんなコトこーんなコトが、走馬燈のように脳内を駆け巡る。
 ここは、怒るべき場面だろうか。
 今、面白いと褒めたばかりの本があるというのに?
 しかし、嫁入り前の娘がいかがわしい本の読みふけっているのを、これ以上看過して良いものだろうか。だが、続きを借りようとまでしたのだ。今さら、なのではないか?
 いや、悪いものは悪いのだ。あんな肌色しかないような破廉恥な表紙の本を平然と読んでいるようでは安心して外にも出せないではないか。
 浩一の脳裏に、先ほどまで読んでいた小説のストーリーが浮かんできた。
 間違えても、そこらのAVのように、筋はそっちのけでやることしか考えてないような話ではなかった。
 なにより、なによりだ。
 浩一は、あの小説の続きが読みたかったのだ。
 ボーイズラブがなんだというのだ。
 面白ければいいじゃないか。
 これまでの過去を、浩一は丸めて捨てることにした。
 些細なプライドなど目の前に転がった娯楽の前では塵芥に等しい。
 時間にして十数秒の逡巡の後、浩一は陥落した。

「良いじゃないか。ジャンルなんかどうでも。早く続きをくれ」

「……了解」
 上の娘が浮かべた何とも言えない笑みを、浩一は複雑な気持ちで見つめた。
 読んで下さいとばかりに放置されていた本。自分好みの文庫カバー。
 そしてさりげなく隠された表紙。

 もしかしたら、俺は嵌められたのかも。

 しかし、それこそあとの祭りと言うものだった。
 開かれた扉を閉じることなど、できはしないのだ。

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