夏の塩 (SHYノベルズ) 夏の子供 (SHYノベルス)

↑上下巻。すでに完結してます。

榎田尤利さんは、そのうち作家別でも書きたいのですが、とりあえず代表作を。
なかなかストイックな文章でストーリーもちゃんとあって、
レベルの高いボーイズラブ小説になっています。
彼女の記念すべきデビュー作でもあります。

ぼーっとしてるけど実は頭は良い青年、魚住君と、神経ナイロンザイル男の久留米のお話。
いろいろと少年時代に問題があって、味覚障害をはじめさまざまな欠陥を抱えながら、それを克服しつつ久留米を好きだと自覚していく、いわば魚住青年の成長物語、みたいな趣があります。
かなりポイント高いです。

Hシーンは控え目ですが、そこはかとなくエロい。
あと、魚住君のキャラ設定がツボです。
ボーイズラブになじみの薄い人でも、嫌悪感さえなければ普通に楽しめると思います。
あ、表紙もまっとうです。ちゃんとレジに持っていけます。

以下、ネタバレ妄想注意!
味覚障害、性的不能の主人公。
カビの生えた食パンにマヨネーズをぬって出されて、なにも言わずに食うなよ……。
味わかんなくても視覚的にダメだろ、しかも焦げてたらしいし。良く腹こわさんかったよなぁ。
しかも、性的不能で勃たない。
という、人間としても男としてかなり悲惨な設定でスタートしたこのお話。
飼い犬が死んじゃってどうしていいのか判らずに放置して、自分は友人宅に転がり込んでしまう主人公、魚住。
おーい。
大学院まで行って、飼い犬死んだ後の処理もわからんのかい!
浮世離れしているにもほどがあります。
結局、久留米ともう一人の友人、インドと英国の血が混じったサリームの手を借りて埋葬します。
なんやかんやとしてるうちに、とりあえず魚住の味覚だけ戻ります。
(夏に、久留米の指を舐めてしょっぱい、と自覚するあたりが、ちょっと艶っぽくて好きです)

でも、味覚が戻るのは久留米といる時だけ。
それ以外だといつも通りの無味無臭なので、
魚住はほとんど無意識に久留米といる時にしか食事をしなくなったりします。
そして、久留米は院に進まず就職したため立派な社会人。
つまり残業アリ出張アリの不規則生活なわけです。
食事を二人で摂ることは、そんなに多くありません。
結果、魚住の食事回数は激減。
そして、この豊かな日本で、
栄養失調などというどーしようもない病にかかっちゃったりします。
シャレにならんほど生活能力皆無です。
彼の世話を役回りの人々も呆れてました。
私も呆れました。
でも面白いから許す。

その後、魚住のことが少しずつ発覚しはじめます。
魚住の元彼女曰く、
「男に男を寝取られた女の気持ちなんて分かんないわよ!」

…ボーイズラブでは珍しくない設定ですが、これ、リアルでやられたら凹みますよね。
共学の高校なんかで、女を尻目に男同士くっつかれた時の微妙な心境と言いましょうか。
女の立場は無視ですかい、みたいな感じでしょうか。
そう、魚住は顔だけはやたら綺麗なのです。
恋愛幼稚園レベルでも、女は寄ってきます。
そして、魚住も、寄ってくるならまぁいいか、という感じで振りません。
そして彼は酔うと記憶が飛びます。
朝起きたら裸で女の子とベッドにいた……
と言う段になって、「きみ誰?」となるわけです。傍目から見ると鬼畜です。
自覚がないだけに始末が悪いですねー。
そういうことになっちゃった女の子達は魚住のことを、
「人間として最低」と評します。それには納得。
実際にやられたら誰だってそういうでしょう。

しかし、元彼女の発言は、後に誤解であったことが判明します。
元彼女の男を魚住が寝取ったわけではなく、
元彼女の男が魚住を強姦した。
と言うのが真相でした。
つまり、順を追うと、

1:魚住が彼女に振られました。その理由は、彼女に好きな男ができたから。
2:その、魚住が振られる原因になった彼女の新しい彼氏は、何を思ったか魚住に告白。
  本当は魚住が好きだったそうな。
3:そして断った魚住は強姦されました。

……救われねぇ……。
どーしようもないですね。

1巻はエッチシーンなしという、ボーイズラブにあるまじきシリーズ構成となっていますが、
それでも続刊が発行されたということはそれだけ魅力的な話だった、と言うことでしょう。
だって面白かったし。
そういうシーンはなくても、魚住もちょっとずつ恋愛感情を自覚しはじめたりもします。
魚住は恋愛幼稚園レベルですし、久留米は鈍感の上に超がついてますが、
そこはそのうちなんとかなるだろう、という期待が持てます。
性的不能も、いちおう治ります。

魚住は、小さい頃に色々なものをなくしすぎてて、
いわば自衛手段として、自分の感覚を麻痺させてしまってます。
悲惨な設定のはずが本人のほわわーんとしてる性格からあまり意識しないですみます。


話が進んでいくと、魚住はどんどん久留米への恋愛感情を自覚していきます。
(標準レベルから行くとかなり遅いですが)
久留米の近くにいる女の子に嫉妬したりするまでになります。
そして久留米も、本来男相手に起こるはずのない身体の変化に気づきはじめてとまどいます。
このへん丁寧に描写されていて、私はかなり好きです。


そして衝撃の3巻。
ワタクシ、これをリアルタイムでJUNEで読んでいた人に心から同情しました。
いちおう連載作品だったので、恐ろしいところで以下次回に続く。
となったりするわけです。

雑誌連載では、魚住が目の前で友人の女の子が死ぬところを目撃して、
血塗れになりながら看取り、そして絶叫。
と言うところで終わったらしいですから、読者だって絶叫したでしょう。

そしてその、友人の女の子が交通事故で亡くなる現場に居合わせた魚住は、
もの凄くショックを受け、親しい人が突然死ぬ、と言う現象を、
「久留米もおれより先に死んじゃったらどうしよう」という思考に結びつけます。
それで、彼は悩むわけです。で、結論。

「そうだ。おれが久留米より先に死ねば良いんだ」

そして有言実行とばかりにサクッとリストカットに至ります。
身体の構造にある程度詳しい魚住は、太い血管を的確に傷つけて、盛大にリストカットをやらかしました。
左右両手首を切りつけている最中に、駆けつけた友人によって発見され、
なんとか一命をとりとめますが、それからが大変です。

魚住は、久留米が死ぬところは見たくないとばかりに、久留米を避けまくります。
久留米は訳が分からないので切れます。
結果としてこれが二人の距離を縮めるのを助けるのですが、
なんともハラハラさせてくれる小説です。

というか、その女の子が死んだあたり、
死んでから後、久留米と魚住がその女の子が残したものに泣くシーンなんかは、
こっちまで泣けてきます
(彼女が死んだ後、久留米に年賀状が届きます。そこにメッセージが書いてあるのです。
「来年は、ツリーを一緒に見ましょう。」
……久留米と魚住は彼女をディズニーランドに連れて行ったのですね。
で、あそこはクリスマスにはばかでかいツリーが飾られるので、このツリーっていうのは、
ディズニーランドのツリーのことなわけです。でも死んじゃった彼女に来年はこないという)
人が死んだ後の残り香って、無性に切ないです。

その後は、二人の中は徐々に進展。
最終的にはめでたしめでたし。
なのですが、これはもうボーイズラブ界の名作でしょう。
魚住が久留米への恋愛をきっかけに過去のトラウマを克服していく過程とかが、
もの凄く丁寧に書かれていて非常に面白い。

傷を治すには、まずその傷を自覚しなければならない。
ということをきっちり書ききった作品だったと思います。
萌えツボはあまりありませんが、ちょっとビターなボーイズラブと言っていいでしょう。

あと、かなり個性的な脇役達も魅力的でした。
マリちゃんは、ボーイズラブではスルーされがちな女性キャラですが、
見事に作中で生きてます。
サリームや濱田先生も良い味出してます。
ちゃんと魚住と久留米を取り巻く世界設定ができているので、
薄っぺらい感じはなくて、ちゃんと背景にまで着色されている、
小説世界に厚みがある作品になってます。
終わり方は賛否両論かなーという感じですが、あれはあれでアリかと思います。
薄倖の天才ぼんやり受が鼻につかなければ素直に楽しめる、ハズ。

私の本棚では殿堂入りしてます。

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